森川雅美・詩

明治一五一年 第5回

森川雅美『明治一五一年』

明治一五一年 第5回

       森川 雅美

 

波が立っている延々と
繰り返し波が立っている
アメリカ東部ノーフォーク
から出港した黒船の
甲板に立つ一人の水夫
が闇に光る灯りを見詰め
琉球の文書が波間に
沈んでいき伸ばす手もなく
より遠い海上に歪みいく
風の行方を聞きながら
海原とは誰かの眼のふちの
一瞬の輝きなのだと
波が立っている見渡す限り
続く波が立っている
いくつもの船の残骸と
ともに数えきれない人の
骨がサイパンガダルカナル
硫黄島と記憶を留め
よわく光る海底は簒奪され
訪れる言葉すらなく
少しずつ流れいく記述
されぬ形に晒されながら
海原とは遠くまでつながる
開かれた道といえるかと
波が立っているもはや
戻らない波が立っている
万年も癒されぬ底なし
の無数の切り傷の循環の
流れに閉ざされたまま
繰り返す生の営みを縮め
プルトニウムセシウム
ストロンチウム切りなく
広がりつづける一世紀半の
連鎖に問われながら
波が立っているただ波が

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