シネコラム

第486回 わが教え子、ヒトラー

第486回 わが教え子、ヒトラー

平成二十一年六月(2009)
飯田橋 ギンレイホール

 

 総統アドルフ・ヒトラーに演説の指導者がいたという事実を膨らませて、コメディ風に仕立てたのが『わが教え子、ヒトラー』である。
 大戦末期、一九四四年の年末、ベルリンは瓦礫の山と化し、ヒトラーは弱気になっていた。
 ゲッベルス宣伝相は国民の士気を高めるため、新年のパレードと式典での総統の大演説会を企画し、ヒトラーの演説指導者として、ひとりの俳優を選ぶ。
 収容所の作業場からベルリンへ移送されたのは、ドイツを代表する高名な俳優であり、演劇学の権威であるアドルフ・グリュンバウム教授。ユダヤ人である。
 教授は五日後の記念式典でヒトラーが堂々と演説できるように演技指導を要請される。断れば収容所での死。ガス室に送られる寸前の家族を解放するという条件で、教授はこの難役を引き受ける。
 家族と再会し、年末を官邸の一室で過ごしながら、彼はヒトラーに自信を取り戻させるための演技指導を行う。
 弱気のヒトラーはこのユダヤ人が気に入り、内面まで打ち明ける。意味もなく父親に殴られ、侮辱され続けた少年時代。そして全ドイツを支配した今の孤独。女性を前にしての不能
 ヨーロッパを戦禍に巻き込み、ユダヤ民族の大虐殺を決行したこの独裁者に対して、教授はいったいどうやって立ち向うのか。
 ユダヤ人と個人的に打ち解けた総統を目の前にして驚くゲッベルス民族浄化政策とのつじつまをどうやって合わせようとするのか。
 弱気のヒトラーに暗殺計画を絡ませた辛口コメディである。

わが教え子、ヒトラー/Mein Führer – Die wirklich wahrste Wahrheit über Adolf Hitler
2007 ドイツ/公開2008
監督:ダニー・レヴィ
出演:ウルリッヒ・ミューエ、ヘルゲ・シュナイダー、ジルベスター・グロート、アドリアーナ・アルタラス、シュテファン・クルト、ウルリッヒ・ノエテン