赤佐汰那の書見台 赤佐汰那

「戦国や江戸って、どんな時代なの?」「昔の人たちが喋っていた言葉とか、食べていた料理とか、着ていた服とか、まったく想像できない⁉︎」「時代劇はどこまで本当なんだろう?」などなど。
 とどのつまり、「歴史時代小説をもっと愉しみたい!」、常々そう思っているあなたのために贈るのが、このコーナーです。
 歴史時代作家を目指す人たちも必読、デビューの近道となるかもしれませんよ!

第21話

歴史時代小説で一番困る五感は?
『文明開化がやって来た』



文明開化がやって来た チョビ助とめぐる明治新聞挿絵
 林丈二/著

 人間は五感のうち80%余りを視覚に依拠して生活しているという。わたしはその道の専門家ではないので細かな数字は上下するかもしれないが、知覚の多くを目に頼っているというのは頷けるところである。それが証拠に、人間が作り出したエンターテイメントは視覚に働きかけるものが多い。
 小説についてもそうだろう。視覚なくして受容しにくい文字という方法を用い、その人が人生で集めた視覚情報でもって映像を組み立ててストーリーを再構成するというややこしいプロセスによって存在しているものである。
 皆さんはこんな経験はないだろうか。時代小説を読んでいて、提示されている物の姿や状態のイメージができない、ということだ。歴史・時代小説は現代に存在しないものを描くため、受容者側にイメージがないということもありうる。もっとも、江戸時代などはまだましである。時代小説や時代劇の隆盛により時代考証家が早くから育っており、蓄積されている成果にアクセスするのは比較的容易い。だが、問題は近代だ。実は意外にも近現代のイメージは漂流し、忘れ去られていっている。一般に向けた近代時代考証本はほとんどないと言っても過言ではない。
 さて、前置きが長くなってしまった。本日紹介するのはこちら、『文明開化がやって来た チョビ助とめぐる明治新聞挿絵』林丈二/著、柏書房)である。考現学的な仕事をなさっておられる著者さんによる、明治期考現学本である。当時の新聞の挿絵を用いて当時の人々の生活ぶりや家財道具、風習などを説明してくれている。本書を読んでわかるのは、意外にも明治期の東京といえども、江戸の気配を濃厚に残していることである。確かに髷を結う人は少なくなったかもしれないが、庶民レベルでは江戸時代と変わらない生活ぶりであった様子もうかがえ、一方、上流階級や官吏たちの間でひたひたと文明開化が浸透していたという事情も見て取ることができるだろう。新聞挿絵を多数掲載しているため、イメージもしやすい作りになっているし、細かいところまで手に届く作りにもなっているのだ。また、小説の挿絵を用いた説明の際には、挿絵と内容が今一つ噛み合っていないという事実から、小説の原稿が遅れていたのではないかという推理をしているくだりもあり、小説家の皆様は冷や汗をかきながら読むこと必定である(いや、今も昔も作家は変わらないなあ、と安心する向きがあるやもしれないが)。そうした丁寧な仕事が、明治という時代が抱えた階級社会のありようを如実に映し出しているのである。明治期の小説を書きたい/読みたいあなたにお勧めの一冊である。

発売元:柏書房
刊行日:2016年9月1日
価格:1,800円+税
判型:単行本ソフトカバー

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[平成31年(2019)3月9日]

赤佐汰那の書見台

赤佐 汰那

あかさ たな

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