赤佐汰那の書見台 赤佐汰那

「戦国や江戸って、どんな時代なの?」「昔の人たちが喋っていた言葉とか、食べていた料理とか、着ていた服とか、まったく想像できない⁉︎」「時代劇はどこまで本当なんだろう?」などなど。
 とどのつまり、「歴史時代小説をもっと愉しみたい!」、常々そう思っているあなたのために贈るのが、このコーナーです。
 歴史時代作家を目指す人たちも必読、デビューの近道となるかもしれませんよ!

第15話

「現実」を参照する
『間違いだらけの少年H』



『間違いだらけの少年H 銃後生活史の研究と手引き
 山中恒山中典子/著

 今回ご紹介する本はこちら、『間違いだらけの少年H 銃後生活史の研究と手引き』山中恒山中典子/著、勁草書房/発売、辺境社/発行)である。本書はかつてベストセラーになった『少年H 上巻下巻』(妹尾河童/著、講談社文庫、1999年6月)に散見される重大な間違いを正すとともに、当時の正確な銃後生活を様々な資料を基に浮かび上がらせている。本書は『少年H』の批判本であるが、その枠を超え、太平洋戦争中の庶民生活を知ることのできる一冊となっている。
 ……さて、本日はいきなり本題から入ってしまったが、それには理由がある。
『間違いだらけの少年H』、そして『少年H』の関係を通じ、歴史・時代小説を書こうと志す人に様々な問いかけを発することができるからだ。
『少年H』は当初、自伝に限りなく近いものという紹介がなされてきた。しかし、『少年H』における主人公は実にフィクショナルな存在である。当時の庶民が知りえるはずのなかった機密を知り、当時の社会感覚ではありえない現代的な発言を繰り返しているスーパーマンなのである。その結果、「あの戦争を危ぶんでいた賢い子供が実際にいた」という誤解へとつながり、『間違いだらけの~』によって徹底批判されたというのが『少年H』と『間違いだらけの~』の関係である(なお、現在『少年H』は小説であるという体を取っている)。
 ここで考えてみていただきたいのは、果たして『少年H』の何が問題なのか、あるいは問題ではないのか、だ。
『少年H』を巡る騒動において、様々な意見があってもいいというのがわたしの立場だ。「自伝として」問題がある、という方もいれば、「小説として」問題がある、という方もあろう。実際、『少年H』は扱う時代が現代に近いということもあり、なおのこと問題をややこしいものにしている印象も受ける。
 とくにわたしは自身の見解を述べることはしない。ただ、ある程度の考えはあるとだけ申し上げておこう。
 歴史小説も時代小説も「小説」である。ゆえに、どこかに嘘がある、いや、換言するならどこかに嘘がなければならない。だが、一方でどちらの小説も歴史的事実という「現実」を参照することで成り立っている。歴史小説、時代小説ともに、嘘と現実という表面的には相反する要素の塩梅に悩まされるものなのである。
『少年H』『間違いだらけの~』の騒動から学ばなくてはならないもの、それは、歴史小説や時代小説がその枠の中にとどまっているためのリアリティ構築の話であると同時に、その枠内で想像力の翼をどう広げるのかという難問なのである。是非とも小説を書いているあなたも原稿を書く手を止めて、しばしの間考えていただきたく思う。また、読者の方もどこまでが諒でどこからが否なのか、考えてみてもよいかもしれない。

出版社:勁草書房/発売、辺境社/発行
刊行日:1999年3月
価格:5,600円+税
判型:単行本

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[平成30年(2018)8月6日]
赤佐 汰那

赤佐 汰那

あかさ たな

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