このお話は、若くして豆腐の角に頭を打ち、はるばる江戸時代からタイムスリップしてきた浪人が、末法の現代をバーテンターとして生きるその日々を、虚実、酒色ないまぜに綴ったものである。
北の街にひっそりたたずむ『浪人酒場』の四方山話を、どうぞまったりとお楽しみください。
第1話
食欲25メートル
私が、江戸の昔から現代の日本にやってきて一番
私が初めて、コンビニのスイーツ〝クレープに包まれたレアチーズ
――そういうものを食べすぎるので、真っ昼間から市民プールにきて、水中ウォーキングなどするはめになる。
武芸十八般、水練も得意だったはずなのに、世俗にまみれて中高年にさしかかると、すべては幻だ。節々は、我に
うららかな春の日だった。ウォーキングレーンに入水し、いそいそと歩きはじめた私は、いきなり横波に襲われて腰砕けになった。私の横をすれ違っていったのは、二人の巨大な娘であった。絶妙なサイズ感で、どちらかが精神的優位に立つ余地はない。デブ、間違えた、アブ・シンベル宮殿の立像のようだ。
「こないだの、ヨガ教室よかったよね!」
「キャベツダイエットとか、どうなんだろう」
「それなら、酵素ドリンクのほうがよくない?」
ダイエットトークに花が咲いている。食べるだけ、飲むだけで
私は感心しながら、レーンの隅を歩いた。やがて、折り返してきた二人の会話が聞えてきた。
「肉食べたくない?」
「食べたい! 最近生ラムにはまっててさあー」
「どこにする?」
「クーポン使えるとこ。食べ放題あるといいよね」
二人は、ざあーっと豪雨のように
そして私は、帰り道にコンビニへ寄り、クッキードームシューを買った。
おしまい。