おにがみ
 源頼光と家来の四天王によって、酒呑童子が討取られてから、ひと月後――。都近くの北ノ村に住む藤丸は、村の者を飢えから救うために、獲物を追って天ヶ岳の奥まで足を踏み入れていた。が、天狗が住むと云われる不吉な山の急斜面から転げ落ちてしまった藤丸。立ち込める朝もやの中、気を取り戻した藤丸の耳に聞こえてきたのは、赤子の泣き声だった……。

第3話

村祭りの悲劇〈二〉

     四

 翌朝、おきの家に集まった村の衆たちは、が鬼に殺されたと知らされ、不安の声をあげた。

「しかしむらおさ、鬼は十八年前に退治されたのではないのか」

「そうだとも、よりみつ様がしゅてんどうを退治したではないか」

 巫女が鬼に殺されたのは間違いだといい、獣に食われたのだと、沖土の言葉を信じようとしない。

「その油断が命取りだ。鬼のわざだといったのはシキだぞ」

 沖土がシキの名を出すと、また静まりかえった。
 皆顔が青ざめ、不安に駆られた目を、沖土に向けている。

「どうすりゃいい」

「早く逃げないと、鬼に喰われるぞ」

「村を出て、へ行けっていうんだ」

「そうだ、行くところなんかねぇ」

「鬼が出たのだぞ!」

「皆落ち着いて聞いてくれ」沖土が、騒ぐ村の衆をなだめる手つきをして制した。「今朝早く、都に使いを走らせた。おりよくおおはらおおよし殿もおられる。家から出ずに、都からの助けを待つのだ」

 沖土の言葉に、皆良い顔をしない。

「そんなこといわれてもな、もうすぐ冬だ。今のうちに猟をして、獲物を米に替えておかねば、食い物が春までもたねえぞ」

 村の者から一目置かれているおうがいうと、そうだそうだと、男衆が声をあげた。

「安心せい!」ためたけが大声をあげて、なぎなたを持って立ち上がった。「鬼が来ようものなら、わしが退治してやるわい」

「おやかた様……」家来が腰を浮かし、為武をたしなめた。

 それをいちべつした蘇芳が、皆にいった。

「助けなどいらぬ。もし鬼が出たら、わしらが退治してやる。この村は、わしらの手で守ってみせる」

 蘇芳の勇ましさに、村の若者が再び声をあげた。
 為武はぜんとして鼻息を荒くすると、その場に座った。
 沖土がづかって頭を下げ、蘇芳に顔を向けた。

「おまえたちだけで何が出来る。素直に助けを請わぬか」

「頼ったら、村にずっといてくれるのか」

 蘇芳にいわれて、為武は返答に困った。大原の里は隣の豪族と争いをしている最中であるため、ずっと留守をするわけにはいかぬからだ。こうしている間にも、為武の留守を狙って攻めて来るかもしれぬと、気がかりなのだ。

「二日三日なら、どうにかなる」為武が、半ば負け惜しみでいう。

 蘇芳はそれみろといわんばかりに鼻で笑うと、

「ならば、いますぐ退治しに行こう」

「何、今すぐじゃと」為武が、蘇芳に顔を向けた。

「鬼は山に潜んでいるはずだ。手を貸してくれるなら、今すぐ行こうではないか」

「面白い。乗った」為武が立ち上がった。

「行く気がある者は、仕度しろ」

 蘇芳は、沖土やふじまるが止めるのも聞かず、山に入る者を募った。

佐々木 裕一

ささき ゆういち

著者紹介ページへ