第2話
村祭りの悲劇
一
山の大岩から見下ろす
大きく両手を上げて息を吸った若者は、山肌に突き出した岩棚の上で大の字になった。
空には、魚の
若者は、大きく口を開けてあくびをすると、空に向けていた目を閉じた。
山肌を
若者は、一番好きな季節が来ると思いつつ、また、あくびをした。
麻布の着物に、鹿皮を腰に巻いた若者は、総髪を後ろで束ねている。山に暮らすには似合わぬ顔立ちをしていて、大原の里に下りたときは、たまに女に間違えられることもある。
背が高いほうではなく、身体も細身だからだろうと、若者は思っているが、気に病んだことはない。
十八歳になったばかりの若者は、村の仲間と共に狩をしに山へ入ったのだが、獲物を待つ間に退屈となり、一眠りしようと横になっていた。
「
山の中から声がした。
「なぁにが、そっちへ行くぞ、だ」
獲物を取り逃がした仲間の声に眠りを邪魔された神丸は、不機嫌な声をあげて身を起こした。
「神丸! 出るぞ!」
あくびをしながら、へいへい、と独りごち、横に置いていた七人張りの
鋭い眼光を獣道に向けて、獲物が飛び出すのを待った。
細い木の枝が揺れ、草の茂みがざわついたと思うや、黒い影が飛び出してきた。笹の間の獣道を駆け、神丸がいる岩棚へ向かってくる。
強弓を引いていた神丸は、ちっ、と舌を鳴らすと、腕の力を抜いた。
まだ毛の横筋模様が消えぬ
「おい神丸! おまえ、わざと逃がしたな!」
茂みから追って出た背の高い男が、文句をいいつつ、長い手足を振って駆け寄ってくる。
「まだ子ではないか」
神丸は、大きくなるのを待ったほうが肉が多く取れるといい、横になろうとしたのだが、ふと、笹の茂みに目を向けた。
獣道の両端には、駆けてくる若者の胸ほどもある笹の茂みがあるのだが、山側の笹が揺らいだのだ。
神丸が声をかける前に気付いた若者が立ち止まった。その
慌てた若者が逃げようとしたが、熊が立ち上がった。
熊の鋭い爪にかかっては、人などひとたまりもない。
逃げながら振り向いた若者は、熊に襲われる恐怖に悲鳴をあげ、腰を抜かして
熊が黒い巨体をゆさぶり、若者に襲いかからんとしたその時、放たれた矢がうなりをあげて飛び、熊の首を
どさりと覆い被さる熊の巨体の下敷きとなった若者が、白目を
大きく息を吐き出した神丸が弓を下げ、岩棚から飛び降りると、若者に覆い被さる熊の巨体をどけてやった。
泡を噴く若者の
「おぉい
などといっていたが、ふと気配に気付き、立ち上がった。
山の茂みの奥に、何かいる。
何ともいえぬ邪悪な気配に、神丸の身体は鳥肌が立っていた。
帯に差した小太刀に手をかけた。
もの心ついたころから身に付けている
神丸は羽根切丸を抜刀し、邪悪な気配が潜む茂みを
若鷹が
あたりを見回す若鷹が、横たわる熊に目を止め、血に汚れた顔を神丸に向けた。
「俺は、助かったのか」
「日が暮れる前に、山を下りるぞ」
神丸は友に手を伸ばして立たせると、仕留めた熊を二人で担いで、村に帰った。