おにがみ
 源頼光と家来の四天王によって、酒呑童子が討取られてから、ひと月後――。都近くの北ノ村に住む藤丸は、村の者を飢えから救うために、獲物を追って天ヶ岳の奥まで足を踏み入れていた。が、天狗が住むと云われる不吉な山の急斜面から転げ落ちてしまった藤丸。立ち込める朝もやの中、気を取り戻した藤丸の耳に聞こえてきたのは、赤子の泣き声だった……。

第1話

序章

「おのれ、頼光よりみつ!」

 激しい怒りをぶつける怒声に、金襴豪華な屏風が倒れ、てられたしとみが震えた。

 討手が住吉明神から賜りし神酒をまんまと呑まされた鬼は、身動きを封じられたまま仰向けに倒れ、燃えるように赤い肌を打ち震わせている。

 耳まで裂けた口から泡を噴き、鋭い牙を見せてくいしばる鬼の喉元に、青みがかった鋭い刃が向けられた。

酒呑童子しゅてんどうじよ、貴様の悪行もこれまでと知れ」

 落ち着き払った口調でいうや、振り上げた太刀を打ち下ろした。

 胴体から刎ね飛ばされた首が、床を転がった。その刹那、金色の目をかっと光らせた酒呑童子の首が宙に浮き、頼光めがけて飛んだ。

 鋭い牙で食いつかんとした酒呑童子の首を、頼光は、熊野権現から賜った御幣で受け止めた。

「えぇい!」

 御幣に気を入れて、酒呑童子の首を床に叩きつけたところ、金色の目は見る間に輝きを失い、ぴくりとも動かなくなった。

「酒呑の首、みなもとの頼光よりみつが討取った!」

 大声をあげて首を掲げるや、館に渦巻いていた邪悪な気配が消え、黒雲に覆われていた空が割れ、光明が差し込んだ。

「桶をこれへ」

 頼光が命じると、渡辺わたなべのつなが桐の桶を持ち、頭を下げて歩み寄る。

 血が滴る首を桶に投げ入れた頼光は、大きな息を吐いて床に座った。

 血に汚れた顔を拭い、家来どもを見回す。

 渡辺綱、碓井うすい貞光さだみつ卜部うらべの季武すえたけ坂田さかたの金時きんとき

 剛勇で名が知れた家来は、皆傷つき、疲れ果てていた。

 その者たちの背後には、討取られた鬼どもが骸を曝していたが、酒呑童子の首を桐の桶に封じると同時に、土の中に染み込んで消えた。

 都に降りては姫を攫い、村村を襲って民を苦しめる酒呑童子を討てとのみことのりにより、頼光は、四天王たる家来と共に大江山に入り、見事に役目を果たしたのである。

 神酒が入った徳利を口に運んだ頼光は、己の太刀に吹きかけて清めると、切先を天に突き上げた。

「酒呑の首を刎ねたわが太刀安綱やすつなを、これより童子切どうじきりと改め、後の世に伝えようぞ」

「天下の宝刀ですな、大将」

 渡辺綱が言い、桶に魔封じの札を貼って封印した。

「宝刀と申せば、酒呑も持っていたはず」坂田金時が、思い出したと言った。

「おお、鉄をも切り割ると名高い、童子丸どうじまるのことか」

卜部季武が身を乗り出し、わらべのごとく目を輝かせた。

「さよう」

 坂田金時が、横たわる酒呑童子の骸を探った。金糸が使われた着物を探るが、噂の刀は見つからない。

「何処にもござらぬな」

「首と共に帝に献上奉れば、お喜びになろう。みなで手分けして、館を探せ」

 頼光の命で館中を探したが、金銀や珊瑚といった財宝は山のごとく見つかれども、結局、童子丸は見つからなかった。

佐々木 裕一

ささき ゆういち

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