シネコラム

第572回 怒りを胸にふり返れ

飯島一次の『映画に溺れて』

第572回 怒りを胸にふり返れ

昭和四十七年十二月(1972)
大阪 堂島 大毎地下

 

 私がジェフ・ブリッジスの出演作で一番好きなのは、若い頃に出会った『ラスト・ショー』だが、同じ頃に観た映画で、ブリッジスが高校生を演じていたのが『怒りを胸にふり返れ』だった。
 一九六〇年代のアメリカでは、公然と人種差別が行われていたが、六〇年代末になると人種融合政策が進み、黒人と白人をいっしょに勉強させるため、校区を改変して黒人地域の公立高校に近隣の白人生徒を編入させる。その制度を背景に描いたのが『怒りを胸にふり返れ』なのだ。
 政府は黒人生徒と白人生徒が同数になるよう計画するが、比較的裕福な白人たちは黒人といっしょに勉強することを拒否し、私立高校に転入するか、あるいは別区域に転居してしまう。結局、黒人地域の高校に編入する貧しい白人生徒の数は少なく、学内では白人がマイノリティになり、白人生徒たちは黒人生徒の間でおどおどしながら、理不尽ないじめに遭う。ブロンド美人の白人生徒に向かって黒人生徒は意地悪く「スカーレットお嬢様」と呼び掛ける。南部の奴隷制度を肯定したように見える『風と共に去りぬ』が黒人にとってどれほど屈辱的で不快かという意志表示がさりげなく出ている。
 貧しい白人家庭の子供たちは、なんとかここで高校を卒業しなければ将来、満足に職につけないと歯を食いしばる。ジェフ・ブリッジス少年もがんばってバスケット部に入り、いじめられながらも実力を発揮し、やがて黒人生徒からも認められる。スポーツでしか認められない黒人という立場を、ここでは白人少年が演じるという逆転の皮肉。
 カルヴィン・ロックハートの黒人教師以外は、まったくやる気のない白人教師たち。せっかく仲良くなりかけた黒人生徒と白人生徒との仲をぶち壊すのが卑劣な白人の不良少年で、演じていたのが、後に『スタンド・バイ・ミー』や『恋人たちの予感』を監督するロブ・ライナーだった。人種差別がまだまだ根強い七〇年代初頭に作られた佳作であり、同じ頃のシドニー・ポワチエ主演作『いつも心に太陽を』をはるかに深刻にした内容である。

怒りを胸にふり返れ/Halls of Anger
1970 アメリカ/公開1970
監督:ポール・ボガート
出演:カルヴィン・ロックハート、ジェフ・ブリッジス、ジャネット・マクラクラン、ロブ・ライナー

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