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10月16日
今日の歴史的事件
田中久重誕生

歴史行路編集部
歴史行路編集部
 今日、10月16日は――




田中久重誕生

 幕末から明治初期にかけて活躍した機械科学技術者にして発明家である、からくり儀右衛門こと、田中久重が生まれた日です。
 寛政11年(1799年)9月18日のことでした。

 筑後国久留米通町(現在の福岡県)で、鼈甲細工師弥右衛門の長男として生まれた久重は、幼い頃から細工に長じ、発明の才を発揮したそうです。
 のちに、精巧で巧妙なからくり人形を製作したことから、からくり儀右衛門と呼ばれるようになりました。

 文化10年(1813年)、15歳の時、久留米絣を創始した井上伝(いのうえでん)の依頼で絵絣(えがすり)組み方機を発明しました。
 1817年、父が亡くなると弟に家業を譲り、技術をさらに磨くため、文政7年(1824年)、肥前国(佐賀県)・肥後国(熊本県)・長崎に廻国修業し、天保5年(1834年)、大坂に落ち着き、懐中燭台や無尽灯、鼠灯を発明します。
 天保6年(1835年)に伏見に移り住むと、天文暦学の土御門家に弟子入りし、嘉永2年(1849年)、嵯峨御所から御用時計師に与えられる近江大掾(おうみのだいじょう)の称号を授かりました。
 嘉永3年(1850年)、京都四条烏丸に転居したのち、[機巧堂(からくりどう)]を開業。ここでは、雲竜水、須弥山儀、万年自鳴鐘などを発明しました。
 嘉永5年(1852年)には、蒸気船の雛型を作り、肥前佐賀藩精錬方に招かれ、日本初の蒸気機関車模型を作っています。
 安政2年(1855年)、長崎海軍伝習所の一期生として参加した後、元治元年/文久4年(1864年)には久留米藩に招かれ、鑓水製造所の指導と大砲を製造しました。

 明治8年(1875年)、久重は東京銀座に日本初の民間機械工場であり、東芝の前身となる田中製作所を創立し、電信機器の開発と製作に取り組みます。
 この工場は政府指定となった後、三井家に渡り、芝浦製作所と名を変えました。

「東洋のエジソン」とも言われる久重は、明治14年(1881年)11月7日、83歳で亡くなりました。


   


[平成30年(2018)10月16日]掲載