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10月11日
今日の歴史的事件
明治十四年の政変、起こる

歴史行路編集部
歴史行路編集部
 今日、10月11日は――




明治十四年の政変、起こる

 明治14年(1881年)、自由民権運動が活発化する状況下、国会開設・憲法制定を巡り、漸進派の参議伊藤博文らが、急進派の参議大隈重信とその支持者を政府中枢から追放した日です。
 この事件が、薩長藩閥政府の専制的な体制の強化を計り、天皇制立憲国家へ向かうきっかけとなりました。

 この半年ほど前から、国会開設・憲法制定を訴える自由民権論者に対応するため、政府は参議各々から意見を集めていましたが、大隈が周囲に諮らず、いきなり左大臣有栖川宮へ意見書を提出したことで、漸進派である伊藤・井上毅(こわし)らとの対立が激しくなりました。

 しかも、北海道開拓使長官黒田清隆と開西貿易商会五代友厚との間で、開拓使官有物払い下げ事件が起こり、大隈をはじめとする民権派はもちろん、国民からも薩摩閥同士の癒着に対し、政府への非難攻撃が高まり、急進派と漸進派との溝が深まります。

 国民を敵に回した急進派と薩長閥、そして右大臣岩倉具視はこの動きを沈静化させるため、大隈や福沢諭吉らが反政府の陰謀を企てたとして、10月 11日、御前会議で大隈とその支持者を罷免します。
 同時に、開拓使官有物払い下げの中止を決定し、翌日には、10年後の明治23年(1890年)に国会開設と憲法制定を公約、詔勅を出すに至ります。

 この政変により、伊藤、井上馨(かおる)、黒田、松方正義、そして山縣有朋らが中心となった薩長藩閥によって、明治期における国家・憲法体制の形成がなされました。
 その一方、大隈の立憲改進党や板垣退助の自由党を軸とする自由民権運動に、新たな波を生みました。


   


[平成30年(2018)10月11日]掲載