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9月4日
今日の歴史的事件
二宮尊徳誕生

歴史行路編集部
二宮尊徳誕生




 今日、9月4日は――

 江戸時代末期に活躍した農政思想家である、二宮尊徳(にのみやたかのり)が生まれた日です。
 天明7年(1787年)7月23日のことでした。

 相模国足柄上郡栢山村(かやまむら。現在の神奈川県小田原市栢山)で暮らす、百姓の利右衛門と好(よし)との間に長子として生まれた尊徳は、幼名を金次郎(金治郎)といいました。
 早くに両親を亡くしたため、伯父に預けられた彼は、独学で四書五経などを学びながら、空き地を耕すほどの苦しい農耕を続け、青年時代にはついに没落した生家を再興したのです。

 のち、尊徳の活躍を聞きつけた小田原藩家老服部家がお家立て直しを依頼したのをはじめとして、30代半ば以降、小田原藩主大久保家の分家宇津家・陸奥国相馬中村藩など、途中、天保の大飢饉に見舞われながらも、さまざまな村落の再建に奔走しました。

 天保13年(1842年)には、御普請役格の幕臣となり、真岡・東郷両代官所支配の天領や日光神領の仕法を施すなど、その実績は天下に鳴り響きました。
 一生をかけて600ほどの村落を救った尊徳は、安政3年10月20日(1856年11月17日)、日光神領の仕法中に下野国今市村(現在の栃木県日光市)で、惜しくも病没してしまいました。
 享年70のときでした。

 尊徳記念館
 二宮尊徳資料館


報徳思想って、なに?

 二宮尊徳が説いた根本思想で、至誠(誠・徳・仁を身に付けた状態)、勤労(至誠をもって生活する)、分度(自然に贅沢しなくなる)、推譲(結果、余ったものを他者に贈与する)によって、経世済民をはかろうとする考えです。


   


[平成30年(2018)9月4日]掲載