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8月28日
今日の歴史的事件
陸援隊、結成

歴史行路編集部
陸援隊、結成




 今日、8月28日は――

 土佐藩の中岡慎太郎によって、倒幕組織・陸援隊が結成された日です。
 慶応3年(1867年)6月27日、京都での出来事でした。

 同年2月、土佐藩から脱藩を許された坂本龍馬は海援隊、中岡慎太郎は陸援隊の長として任じられました。
 15代土佐藩主・山内豊信(容堂)を警固する五十人組が起源といわれている陸援隊は、土佐藩から経済的援助を受け、十津川(とつかわ)郷士ら初版出身の浪士ら70名とともに、薩摩藩から洋式調練を受け、倒幕に備えたのです。


中岡慎太郎って、どんな人?

 天保9年4月13日(1838年5月6日)、土佐国安芸郡北川郷柏木村(現在の高知県安芸郡北川村柏木)に、東部随一の人物として知られる大庄屋・中岡小傳次と後妻ウシの長男として生まれました。幼名は福太郎と名付けられました。
 14歳のときには、塾で代理講義をするほど勉学に励み、一刀流の剣術を武市瑞山(半平太)に習っています。
 のち、武市が結成した土佐勤皇党に名を連ね、志士活動を開始、佐久間象山を尋ねて見識を広げました。
 文久3年(1863年)に起こった八月十八日の政変後、土佐藩内で尊皇攘夷に関わる者への弾圧が始まるとすぐさま脱藩。長州藩へ亡命すると、ほかの脱藩浪士とともに禁門の変や下関戦争に参陣しています。
 その後、下関戦争の影響なのか、尊皇攘夷から雄藩倒幕へ思想発展をした中岡は、慶応2年1月(1866年)に、悲願であった薩長同盟を成立させました。
 翌慶応3年10月14日(1867年11月9日)、大政奉還が成った1か月後の11月15日(1867年12月10日)、京都の醤油商近江屋に身を潜めていたところを刺客に襲われ、残念ながら龍馬とともに凶刃に斃れてしまったのです。
 中岡亡き後の陸援隊は、同じ土佐藩の田中顕助(光顕)や谷干城らが引き継ぎ、倒幕運動にへと向かっていきました。

 中岡慎太郎館
 高知県立坂本龍馬記念館
 武市半平太旧宅及び墓
 象山記念館


   


[平成30年(2018)8月28日]掲載