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8月24日
今日の歴史的事件
若山牧水誕生

歴史行路編集部
若山牧水誕生




 今日、8月24日は――

 明治18年(1885年)8月24日、宮崎県東臼杵郡東郷村坪谷(現・日向市)に住む医師である若山立蔵(りゅうぞう)とマキとの間に、若山牧水(わかやま・ぼくすい)が生まれた日です。
 繁(しげる)と名付けられた、長男の牧水は、戦前の日本で活躍した歌人です。

 明治32年(1899年)に県立延岡中学校に進学、2年後の2月、「校友会雑誌」発刊に合わせて、短歌と俳句が掲載されました。「中学文壇」に投稿、入選したこの頃は、[桂露]と号しています。
「中学世界」「新声」などへの投稿が増えつつあった明治36年(1903年)の秋から、[牧水]の雅号を使いはじめました。
 翌年には、早稲田大学英文科高等予科に入学。同級生の北原射水(後の白秋)、中林蘇水とともに短歌の研究をし、「早稲田の三水」と呼ばれるようになっています。
 明治41年(1908年)、大学を卒業すると、第一歌集「海の声」を発表。明治43年(1910年)には、雑誌「創作」の編集を開始しています。

 その後の牧水は、大正元年(明治45年/1912年)に文学少女の太田喜志子と結婚したのち、沼津へ住居を移し、文学活動を続けますが、北海道や朝鮮半島など、遠方への揮毫旅行の疲労が溜まったのか、昭和3年(1928年)9月17日、急性腸胃炎と肝臓硬変症を併発。明治から昭和にわたって、日本歌壇の明星と讃えられた牧水は、わずか43年の生涯に幕を閉じたのでした。


雅号に込められた意味は?

 自然と旅、そして酒を愛した牧水。
 その雅号は、母の名前[マキ]、生家の土地に潤う溪や雨などの[水]から、つけられたものです。
 1912年(明治45年)、友であった歌人・石川啄木の最期を看取っています。
 酒好きなふたりは、きっと雲の上で、何度も盃を交わしていることでしょう。

 若山牧水オフィシャルウェブサイト(若山牧水記念文学館)
 沼津市若山牧水記念館
 石川啄木記念館
 石川啄木函館記念館


   


[平成30年(2018)8月24日]掲載