かつて単行本三冊で刊行されていた、泡坂妻夫の「夢裡庵先生捕物帳」シリーズが、上下巻の決定版として帰ってきた。タイトルにある夢裡庵先生とは、八丁堀定町廻り同心の富士宇衛門のこと。空中楼夢裡庵という、文人としての雅号を持っていることから、夢裡庵先生と呼ばれているのだ。
その夢裡庵が幕末の江戸で、快刀乱麻と謎を解く――訳ではないのが、この作品の面白いところ。第一話「びいどろの筆」は夢裡庵が主人公だが、事件の真相を見抜くのは以前先生という人物。続く「経師屋橋之助」は、以前先生が主人公で、また別人が真相に迫る。といったように、主役と謎解き役が、次々と変わっていくのだ。夢裡庵は、たまに主人公になるものの、ほとんどの話で脇役になっている。実にユニークな捕物帳といえるだろう。
そしてラストの「夢裡庵の逃走」では、上野の彰義隊に加わった夢裡庵の顛末を通じて、江戸の終焉が見事に描かれている。なんとも味わい深い名作なのだ。
『夢裡庵先生捕物帳[下]』はこちらです。