本書は、江戸時代の東海道を舞台にした、連作短篇集である。作者は澤田瞳子。と聞くと、意外に思う人がいるかもしれない。なにしろ作者は、骨太な歴史小説の作家として知られているからだ。だが本書も、抜群にいい作品である。歴史小説の名手は、時代小説の名手でもあったのだ。
駿河で受け取った花嫁衣裳の代金を失い、途方に暮れる忠助という手代の揺れ動く心を見つめた「忠助の銭」から、京の炭屋の若き女主人が、父親の隠し子の扱いに悩む「床の椿」まで、十二篇を収録。東海道の各地で繰り広げられる物語は、どれも厳しい現実の中を生きねばならない人間の姿を、鮮やかに捉えている。さまざまな人の心を露わにする作者の手つきは、繊細にして大胆だ。
また、各話の登場人物が微妙にリンクするなど、連作ならではの魅力も横溢している。第一話の主人公の忠助が、最終話に再登場する構成も心憎い。人の世の喜怒哀楽に満ちた東海道。こんな本の旅もいいものだ。