仇討は過酷な道。だから手助けが必要だ
江戸時代には、現代では想像もできないようなルール、世の中の仕組みがありました。その一つが幕府公認の仇討ちです。現代日本ならば肉親が殺されても自ら手を出すことは許されず、司法の手に委ねなければなりません。その結果に納得がいかないとしても、犯人を襲えば自分が犯罪者です。しかし、江戸時代には自らの手で仇を討つことが許されたのです。
ただ、これは肉親の恨みを晴らせて良かったね、などという単純な話ではありません。軍事階級たる武士として、肉親の仇を討てないのは恥ずかしい、という世間の目に押されていやいや仇討ちに出たものもいたでしょう。
また、仇討ちとはそもそも容易く成功するものではありませんでした。仇が広い日本のどこで何をしているのか、わかったものではありません。それを個人が探し出そうというのですから! 仇と戦う前に疲れ果て、道半ばに倒れるものも多かったと聞きます。
それほど困難なら、仇討の手助けをするものがいてもいいのではーーそう考えたのが、本書着想のきっかけでした。やがて私の脳裏に浮かんだ仇討の手助け人は、長刀使いの浪人・藤五郎をはじめとする「仇討探索方」として形を取りました。彼らは非公認の幕府組織です。普段は小間物屋「三日月」を営んでいるのですが、仇討を望むものがいれば幾ばくかの金子と引き換えに仇を探し、仇討人が本懐を遂げられるように手を貸します。
その背後にいるのは、閑職の槍奉行に隠れて密かに仇討奉行を務める大久保彦左衛門です。しかし、さらにこの老武将の奥には、「知恵伊豆」と呼ばれた男が策謀の意図を巡らせていました……。
勿論、手助け人と黒幕だけでは物語は成立しません。仇討を願うものがいてこそ、仇討探索方の役目も生まれるというもの。しかもこの話には二人、仇討人が登場します。一人は男勝りの女武芸者、今一人は意外な相手を仇として追う若武者です。彼らの仇討がどんな結末を迎えるかは、是非みなさんの目で確かめてください。