海賊の末裔、濡れ衣に挑む
船手組、という幕府組織をご存知でしょうか。江戸時代にはほとんど活躍の機会もなかったので、知らない方がほとんどかもしれません。船の字が入っていることからわかるように、幕府の船を操る役目です。
彼らは元々徳川家の水軍、そして更に遡れば各地の水軍(海賊)として戦国時代の海で活躍していました。しかし、太平の世にある仕事といえば、船の管理やたまの将軍御座船の操船、それから罪人を島流しにするなど。幕府を動かす役方、誉れ高き五番方(書院番・小姓番・大番・小十人・新番の総称で、軍事系役職である番方の代表格)などと比べればどうにもパッとしません。
その船手組の水主同心として二年前から勤めている坂船宗也からすれば、この現状はどうにも苛々します。彼は誇り高い瀬戸内海賊の末裔だからです。
一方、周りの水主同心たちの多くも宗也に好意的ではありませんでした。宗也は喧嘩っ早いし、打ち解けないし、何よりもよそ者――紀州藩から幕臣へ抜擢されたばかりの男でしたから。この年は享保五年、元は紀州藩主だった徳川吉宗が就任してからまだ四年です。紀州藩出身者と元からの幕臣の間には確執もありました。
そんな中、事件が起きます。吉宗肝いりの、船手組による旗本たちへの水泳指導のさなか、宗也が指導をしていた旗本が急死したのです。己が責任を負いたくない上役に「お前の指導が悪かったからだ」と罪を被せられてしまった宗也は、何としても真相を明らかにするべく、親友の田沼意行とともに謎を追うのですが――。
今回の作品は私にとっての新機軸になるべく、色々と挑戦をしてみました。喧嘩っ早くて「出世がしたい!」という宗也のキャラクター性もそうですし(実はその裏には事情があるのですが)、誰かの命で動くのではなく、追い詰められた自らを救うべく戦う、という点もそうです。爽快さや緊迫感が出せていればいいのですが、いかがでしょうか。ぜひとも書店でお手に取っていただき、確かめていただければ幸いです。
[平成28年(2016)10月5日]