九州豊前の小竹藩は、藩主と家老三家が対立している。藩主の信任厚い澤井庄兵衛の家には、嫁家を離縁された長女の志桜里が戻っていた。その志桜里が気にするのが、隣家の木暮半五郎だ。過去の出来事を悔い、刀の鍔と栗形を浅黄の紐で付結んでいるため〝抜かずの半五郎〟と呼ばれている、捉えどころのない半五郎に、秘かに心惹かれていく志桜里。しかし彼らは、藩内の対立に翻弄され、思いもかけぬ事態を迎えることになるのだった。
葉室麟の新刊は、凜とした心を持つヒロインを主人公にしたラブ・ストーリーだ。それぞれの事情を抱える志桜里と半五郎が、藩内の騒動の余波に翻弄されながら、ゆっくりと距離を縮めていく。確かな筆致で描かれる、その過程が読みごたえあり。
しかも物語は後半に入ると、意外な方向に走っていく。詳述は省くが、ここまで派手な展開になるとは思わなかった。抜群のエンターテインメントの中に、人の心の美しさを際立たせた、素晴らしい作品だ。