歴史小説の書き方は、大別して二通りある。ひとつは主人公の人生を丸ごと描く手法。そしてもうひとつは、主人公の人生の一部を切り取る手法である。真田幸村を主人公にした本書は、大坂の陣から始まるので、後者の手法といっていいだろう。だが、作者が津本陽だ。最初からクライマックスの緊張感を漂わせながら、随所に過去の回想や言及を入れることで、幸村の人生を的確に捉えることが出来るようになっている。さすがは斯界の大ベテランである。
さらに、大坂城で肝胆相照らす仲になる後藤又兵衛との交誼や、かつての恋人のいとと、その兄の堀田作兵衛の参戦も見逃せない。特に、いとの存在が、死に向かっている幸村の人生を、温かく彩っている。戦闘シーンの迫力は当然として、愛する者の存在を通じて、幸村の人間臭さも、深く掘り下げられているのだ。真田幸村の生涯のクライマックス焦点を合わせながら、大長篇にも比肩しうる濃厚な内容が味わえる、戦国小説の収穫である。