桑名藩の飛び地の柏崎。桑名藩の島流しといわれる場所である。その柏崎陣屋に、新たな勘定人の渡部鉄之助が、妻子と共に赴任した。ここから渡部一家の、貧苦に満ちた暮らしが始まる。
物語の主人公は、鉄之助の妻の紀久だ。下級武士だが清廉な鉄之助。しかし、陣屋で常態化した宴会により、渡部家の家計は圧迫されていた。着るものも満足にない生活。また、幼い娘は連れてきたものの、藩に残してきた長男のことも気にかかる。貧苦と帰心により壊れそうな心を繕って日々を過ごす紀久と、妻を心配しながら見守るしかない鉄之助。作者はこのような渡部家の厳しい状況をじっくりと書き込みながら、葛藤の果てに紀久がたどり着く境地を、鮮烈に表現してのけた。ここに本書の感動が凝縮されている。
さらに、生田萬の乱で人生の狂った女性や、咲かない梅など、さまざまな要素が絡まり、紀久の肖像が際立つ。ハードカバーで出版されたのも納得の、藤原緋沙子の渾身作だ。