京都の高瀬川沿いに生きる人々の哀歓を見つめた「高瀬川女船歌」シリーズも、本書で七冊目となった。元武士で、現在は居酒屋「尾張屋」の主人をしている宗因を中心にして、六つの騒動が披露されている。
冒頭に収録された「因果な夜」は、運命の悪戯から起きた悲劇を、宗因たちが食い止めようとする。続く「二本の指」は、悪い過去を捨てて、真っ当に生きようとする男を、宗因が助ける。また、表題作の「奈落の顔」は、死んだ鋳掛け屋の意外な過去の出来事と、誇り高き人生が明らかにされる。詳しく紹介できないが、他の収録作も優れた内容だ。興味深いストーリーを通じて、人の世の厳しさと温かさが、見事に表現されているのである。
さらに随所に挿入された、作者の箴言も読みどころ。一例を挙げておく。「人に必要なのは、自分は何者でもなく、必ず死ぬ存在であるという深い認識と覚悟であろう」。このような箴言に接する度に、大いに身が引き締まるのだ。