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文化人信長はどうやって生まれた?

麻嶋 そういう複雑な気持ちで岐阜駅に降り立ち、実際に市長さんにお会いしていかがでしたか。

早見 お会いしてから、『常世の勇者』を市長さんにお送りしたのですが、すぐに直筆の手紙が届いたので、とてもびっくりしましたし、嬉しかったです。こういう点がよかったとおめくださって、認めていただいたのかなとも思いましたね。お会いしたときには、「こんな信長はどうか」「こういう信長もあるのでは」と、市長さんにアイディアがどんどん湧き出てきて、最初はそのバイタリティーについていくのに精一杯で、かなり戸惑いました。それに、まさかあんらくあんさくでんと信長をからませるというアイディアが飛び出てくるとは想像もしていませんでしたから、私も相当驚きました。岐阜市は、落語の祖ということで策伝を記念した落語会なども催されているので、考えてみれば理解できないこともないんですけれど、これまで私の知る限りでは、信長小説に策伝が登場したことはないですからね。

麻嶋 私も策伝が出てきた信長小説を読んだことがなかったので、非常に驚きました(編集部もうなずく)。かいのほかにも信長につながる、まだ知られていない話の種があるとは、まだまだ岐阜は深いですね。文化人、それもかなり先駆的な文化人としての顔を持っていた信長を描くというこの小説のテーマにも合っていますし。

早見 はい。さすが市長さんが目をつけられただけあって、策伝がのこしたという『せいすいしょう』に目を通していくと、今日知られている古典落語の原型になっているような話のなかに、信長に関する逸話というのが19話もあって、ダントツに多いんですね。ですから、策伝はそれだけ信長に親近感を抱いていたということがわかるんです。ほんのうの変のとき策伝が29歳ですから、当時の天下人である信長に対して常に意識を持っていたのでしょうし、実兄が信長の側近の一人、あか衆のかなもりながちかですからね。その兄を通して信長にまつわる話もいろいろと聞いていたとは思うんですよ。そんなことで繋がりが結構見えてきて、あまりこじつけになることなく、自然な形で策伝を登場させることができました。

麻嶋 その策伝が、早見先生の筆によって、個性的で面白いキャラクターとなり、深みや広がりも出ましたよね。しかもそのキャラクターが、信長の側近と血縁関係にあるという事実が、どうにも信じがたいほど小説的で。年齢差も二十歳くらいですし。初めは早見先生の創作ではないかと思ったくらいです。

早見 ええ、吃驚しますよね。信長があしかがよしあきを追って、室町幕府を滅亡させるという歴史上の事件がありますが、『醒睡笑』にその時のエピソードが書いてあるんです。「信長公に対し、ぼうほんの時節」と、そういう表現があるんですよ。

麻嶋 公方、つまり将軍が謀反とは……なんとも驚きな、おかしな表現ですね。

早見 普通は、将軍に対して家臣が――信長は家臣ではないですが――反旗をひるがえしたと、そういう書き方なんでしょうけれども、逆なんですよね。天下人である信長に対して、将軍の足利義昭が謀反を起こしたんだ、ということが書いてあるわけです。

麻嶋 それは現代人にはなかなか想像できない、というより、想像を絶する視点ですね。ですが、当時から信長はそのように見られていたということでもあって。

早見 策伝が信長を尊敬していたというのも、この一言で分かりますよね。また、戦国時代当時の人たちの肉声が分かるというか。将軍には内実がないみたいな、そういうイメージだったんでしょう。

麻嶋 生々しいですよね。小説では早々に策伝となががわの鵜飼の子・きちが知り合いますが、弥吉と信長とのエピソードというのは、最初から考えていたんですか。

早見 ええ、少年との関わりということで、敵や自分の家臣たちには見せない顔を見せられるのではないかと。ただ、やはり信長というのはおうですから、覇道を突き進んで、敵だろうが家臣だろうが情けようしゃなく滅ぼしていったじゃないですか。その敵に向ける第六天魔王の如き戦国武将としての顔と、人間信長としての少年たちや庶民、弱き者に見せる優しい顔とは、当然信長の中ではじゅんしていないわけですよね。まったく違和感なく振舞っていたんだと思うんですよ。そこのところを、読者の方々にどうやって理解していただくかというのが、これからクリアしていかなければならない課題だと思っています。

麻嶋 信長は善だか悪だか、なんだかわからない、ほうへんが激しいイメージがありますからね。

早見 政治家などを評価するのに功罪あいなかばとよくいわれますけど、信長においては、功が罪であり、罪が功なんですよ。えいざん焼きちも戦国時代とはいえ残虐過ぎるんじゃないかという、その罪の面をきゅうだんする声もあれば、それによって政教分離というのが出てきて政治に宗教が絡まなくなった、それは信長の功だという声もある。見方によって罪にもなるし、功績にもなるんですよね。

麻嶋 たしかに、仰る通りですね。普通の人の物差しでは計れないぐらいのものがあった信長が、いつ策伝と会うのか会わないのか、すごく気になります。あともうひとつ気になるのが、らくいちらくですが、今後お書きになっていくのかどうか、そのあたりはいかがでしょう。

早見 やはりルイス・フロイスも登場させますし、やましなときつぐが岐阜城で歓待されたときは、楽市楽座にあった代官の屋形に宿泊しているんですよ。ですから当然、楽市楽座の風景などは、もうちょっと書くつもりでいます。