喜知次と呼ばれる魚がいる。五百石取りの祐筆の嫡男・日野小太郎は、我が家に引き取られた六歳の少女の花哉に、その喜知次という綽名を付けた。時間をかけて、互いを意識していく小太郎と花哉。だが藩内では、派閥抗争が激化していた。小太郎と、友人の牛尾台助と鈴木猪平は、抗争の影響で苦しみを味わいながら、それぞれの道を歩んでいく。
一揆が起こっても終わることなき藩内抗争。それは弱者を犠牲にする、醜悪なものであった。猪平を見舞う悲劇を通じて、このことを知った小太郎は、自分が何をすべきか、しだいに思い定めていく。少年の成長譚というには、あまりにも厳しい内容だ。それだけに未来を見据えて伸びていく主人公の姿が、強く胸を打つ。
さらに、一服の清涼剤となっていた小太郎と花哉の関係も、終盤で、過酷な展開を迎える。でも、だからこそ、この作品は素晴らしい。ラストの主人公の感慨を見よ。人の世の真実が、鮮やかに表現されているのだ。