このお話は、若くして豆腐の角に頭を打ち、はるばる江戸時代からタイムスリップしてきた浪人が、末法の現代をバーテンターとして生きるその日々を、虚実、酒色ないまぜに綴ったものである。
 北の街にひっそりたたずむ『浪人酒場』の四方山話を、どうぞまったりとお楽しみください。

第2話

ウキウキ内科

 私の住む北の街では、市電というものが走っている。まことに便利だ。ぜいもある。
 車体に描かれた様々なスポンサー柄も、乗ってしまえば気にならない。車内を埋め尽くす特別なデザインもあるが、それはごく一部だ。
 ある日の午後、私は買い物へ行くために市電に乗った。
 とある停留所が近くなると、病院を紹介する車内アナウンスが流れた。『〇〇呼吸器内科をご利用の……』
 それを聞いた小さな女の子が、母親に聞いた。

「ママ、ウキウキ内科ってなに?」

 、子供は詩人だ。我々もみな、もとは無垢な詩人だったのだ。だが、詩を忘れた大人は切ない。

「息をするところを、治すのよ」

 母親はそう答え、世界を閉じてしまったのだった。
 間違ってはいない。むしろベストアンサーである。しかし、私はウキウキ内科を知りたいのだった。訪れた患者が、みなウキウキしてしまう内科──病院のスタッフがサンバの衣装で出迎える。これはウキウキする。手術道具がすべてサンリオ製だったらどうだろう。ウキウキするのではないか。採血中にうきぶしを流せば、血流だってウキウキするだろう。
 そのときである。ひっそり閉じられた世界を心の中で勝手に開き、楽しむ私の視界に、一枚の車内広告が飛びこんできた。

《リバース治療院》

 すごい。なんだかわからないが、凄い名前だ。
 いったいなにを治療するのか。なにが戻ってくるというのか。リバース先生がいるのだろうか。スタッフが絶え間なくいているのか。
 もはや名は体を表さぬ世界に圧倒され、私はうなった。こうなったら、対抗して《真剣・手打ち》という店はどうだ。暖簾のれんをくぐったとたん、「御免!」と一声、手打ちにされるのである。顧客は政治家がよい。どんどん送りこんでもらいたい。将来は映画化され、「恐怖! 人肉レストラン」かなにかの隣に、ひっそりと並ぶのだ。

おしまい。

※編集部註 「リバース」とはおそらく「rebirth」という英単語のことで、意味は、再生・復活・更生・蘇生・回復・復興です。

杉澤 和哉

杉澤 和哉

すぎさわ かずや

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