歴史行路編集部
歴史行路編集部

早見俊先生
「醒睡の都 岐阜信長譜」
連載記念インタビュー


 2015年6月1日、当ウェブマガジン“歴史行路”の創刊と同時に連載開始となった、人気時代作家・はやしゅん先生ご執筆による「せいすいの都 しんちょう」。
 本作は、《信長公450プロジェクト》の一環として、早見先生・岐阜市・徳間書店・歴史行路の4者がコラボレートし、“地方創生”“歴史伝承”“文化発展”“出版活性”という目的を背負った、これまでに例を見ない小説です。
 この、かつてない企画に挑んでいる早見先生に、本作にかける意気込みや独自の織田信長観、今後の展開などをお聞きしました。
 どうぞごゆっくりお楽しみください。


2015年6月22日
於/月亭 本店新宿
インタビュー&構成/しまなみ

岐阜市出身の作家として、岐阜ゆかりの信長を描く

麻嶋美波(以下、麻嶋) 初めまして。今日は、ウェブマガジン歴史行路さんにご連載中の「醒睡の都 岐阜信長譜」について、いろいろお伺いしたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

早見俊(以下、早見) ご丁寧にありがとうございます。わざわざご足労くださった分、頑張ってお話ししたいと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。

編集部 その前に――おかげさまで、6月1日に無事創刊にこぎ着けることができました。編集部一同、本当に嬉しく思っております。あらためまして、お礼申し上げます。

早見 こちらこそ、創刊時の連載陣に加えさせていただいて、本当に恐縮しています。

編集部 実は……今年の秋くらいを創刊の予定としていましたので、いずれどうにかなるだろうと結構のんに構えていました(苦笑)。ですので、「醒睡の都」の連載開始が6月1日と決まらずに、しりたたいてくれなかったら、まず間違いなく、いまだに創刊準備中だろうと思います。ごく少人数の編集部ですし、大した経験も能力もなくて、そもそも我々自身が本当に実現できるかどうか、どこか半信半疑な思いもありましたし。そういう意味でも、背中を押してくれた面が非常に大きいですから、先生にお受けいただけて、大変ありがたかったです。

早見 いえいえ。ゆういち先生の「おにがみ」を拝見して思ったのですが、歴史行路さんはこれまでの文庫本の主流だった江戸時代や戦国時代にこだわらず、さまざまな時代の小説を企画していますね。

編集部 ありがとうございます。もっと企画の幅を広げていきたいですし、より多くの作家さんにもご執筆いただきたいと考えています。

麻嶋 さて、そろそろ本題に入りたいと思いますが、今年の5月18日に岐阜市さん、徳間書店さんとご一緒に、《信長公450プロジェクト》への参画について、共同記者会見が開かれましたが、その後のお気持ちはいかがですか。

早見 いや、もう始まってしまったので、完走するまでです。この前、高校の同窓会で岐阜に帰ったときには、先輩であるほそしげみつ市長にも激励していただきました。

麻嶋 記者会見には、時代作家仲間のすずえい先生とあきやま先生ご夫妻が応援にけつけて下さいましたね。

早見 仲間というより、尊敬する大先輩のお二方です。駆けつけてくださるとは、知らされておりませんでしたので、会場でお見かけし、驚きました。遠路、お越し頂いた上にあたたかいお言葉も頂戴し、感謝、感激で胸が一杯になりました。

麻嶋 去年の10月半ばにこのコラボ企画の卵が生まれて、今日にまで至るとのことですが、徳間書店さんからオファーのお知らせを受け取ったときには、どのように思いましたか。

早見 最初は半信半疑ですよね。私は2014年の2月に、『とこの勇者 信長の十一日間』(中央公論新社)をじょうしましたが、まだまだ信長のことを書きたいぞ、と思っていましたんでね。岐阜市さんとのタイアップという、思いもかけないお話をいただいた時に、本当に実現できるのかという驚きと戸惑いとともに、作家としての意欲をき立てられました。書けるんだという嬉しさ、喜びというのは大きかったです。

麻嶋 卵が生まれて4か月後の2月下旬には、市役所で初顔合わせだったとお聞きしました。その企画進行のスピード感に驚かされましたが、いざ岐阜まで足を伸ばして、市長さんにお会いするまでの心境はいかがでしたか。

早見 なにしろきちんとしたものを書かないといけないという義務感と、内容的にご了解いただけるのかなという多少の不安みたいなものとが、ないぜになっていましたね。生まれ故郷ですし、岐阜にはまだ両親がいますので、こういった過去になかった形の企画を岐阜市さんと一緒にできるということで、生意気にも故郷に少しは貢献できるかなというような気持ちもありましたけれども。ただ緊張はしました。

麻嶋 岐阜市出身というプレッシャーがあったということですね。

早見 そうですね、プレッシャーというか、正直な話、私でいいのかな、というのはありました。やはり信長は、多くの名のある作家さんが書いていて、今や“戦国小説”ではなく、“信長小説”になっているわけですよね。すでにひとつのジャンルとして、成立しているようなものなんです。圧倒的な日本史上の大スターで、さんざん描き尽くされた人物ですから、当然もっとネームバリューのある方が候補になるというか、岐阜市さんとしてはそう願っているのではないかという作家早見俊としての不安と、こういう大きな舞台を与えていただけたという作家としての意気込みが、ずっと交錯していました。